8月17日(水)
(まとまりに欠け、長文なので読みにくいです)
ハーフの子供のバイリンガル。。。
国際結婚組の「どうしたらうまく?」と言うお悩みポイントでしょう。
うちは海外転勤族という特殊な環境で育ってますので、
特殊なケースで参考にならないかもしれませんが、
うちの子供たちは、
読み書きは日本在住、日本人家庭の子より劣るものの、
話は理解し、日本語で返答できるバイリンガルです。
また、読みは非常に難しい本でなければ、普通に読めます。(娘)
簡単な本なら日本語で読めます。英語の本のほうが読みやすいそうです。(息子)
書きのほうは、最近チェックしてないので分かりません。
娘のほうが補習校に2年長くいたので、娘のほうが日本語が上手です。
私たちの駐在仲間は、うちのように先進国ばかりを回らず、
補習校のない僻地国に赴任になる家族もありますので、
これまた、うちの場合はバイリンガルになりやすい環境が
運よく整っていたとも思われます。
僻地には、インターがやっとあるくらいで、補習校などない場合もありますし、
日本人があまりいない赴任地だってあります。
それプラス、言語の第一ゴールデン・イヤーズ?、
5、6歳~9、10歳の日本赴任って言うのもラッキーだったと思っています。
さらにプラスだったのは、子供たちは 年子 だということでしょう。
お話し相手が常にいるのです。
一人っ子ではこうは行きませんでしょ?
同じ趣味を持ち、同じ環境に育ってる仲間が
同じ家にいるのが大きくプラスになったと思ってます。
環境、、、これは運でもありますね。
たまたま、こうなったわけですが、そこには努力もありました。
幼児期は1歳半から、午前中だけの英語のナーサリーに2人とも通わせました。
英語のナーサリーがあったことがラッキーだったです。
主人の出張が多いのと、年子だったので、思い切って早くから外に出しました。
とはいっても、午前中の数時間、初めの年は娘だけ、
次の年は息子もと言う感じでした。
この時間がないと、家事などは何もできない状態だったので
仕方がなかったというのが本音です。
娘が3歳になった時、
小さな寺子屋のような、規模の小さい、英語の(先生はアメリカン)に通いました。
3歳ですから、アルファベットのブロックで遊ぶと言う簡単なお勉強しかしませんでした。
そのころ、夜、息子を寝かしつけてから、娘と一緒に日本語の本読みを毎晩しました。
「あいうえお」の絵本を毎日読んで、
文字をさして、「あ」と言うと、娘も「あ」と言うのが面白くって、
毎晩そのようにしていたら、数ヶ月で、50音が読めるようになりました。
この時期、文字を言葉に結びつけることがまだ難しいのか、
自分で本読みまでは出来ませんでした。
早くから、多くの子供と遊ばせるのは、子供の脳細胞を刺激する感じがしました。
私は、この時期の教育が、実は一番大切なんじゃないか?と思っています。
いろんなことを、
吸い取り紙がインクを吸うように、頭に入っているように見えたからです。
このように早くから、外の 学校 で 英語 。
うちの中で 日本語 と言うように環境づくりが出来ました。
実際には、そのころは英語環境のほうが多かったように思います。
その理由は、BBC。
毎日数時間ずつ、又は、ほとんど1日中って言うのもありました。(ドイツは天気が悪いので)
ヨーロッパで見れる BBC のおかげで、
きちんとした英語の幼児番組を見ることが出来ました。
TVをあまり見すぎると。。。と言う意見が気になりましたが、
私の印象では、このような教育番組はかえって子供のためになるように感じました。
ものすごく小さいうちから、耳で聞いて、
映像を見て、言葉を理解していく作業をしていると、
IQがよくなる?なんて「感じも」しました。(実際には定かではない)
逆に、刺激は確かに強すぎるかもしれないな。。。と思うこともありまして、
そう気づいた時にTVを消して外に出かけたり、積み木などで遊ばせたりしました。
娘は扁桃腺が大きく、風邪を引くとそのせいで耳の聴こえが悪くなりました。
娘はジブリシュな言葉を良く話す子供でしたが、たぶんそれが関係してるように思います。
キンダーの時の先生にそれを指摘されて気づきました。
私も扁桃腺が大きくて、手術をしましたし、
勉強面のことでそのようにアドバイスされた記憶があります。
友達によると、そのように扁桃腺が大きくっても、
10歳くらいから熱も出さなくなるし、そのままにしても何の問題もなかった
と言うことでした。
なので、無用の長物 が体についているわけはないと言う考え方から、
大きな扁桃腺は娘の喉両側に今でもしっかりついています。
このせいもあってか、その後、娘の英語は伸び悩むのでした。
英語、、、といっても話者によって発音の癖や話し方に特徴があり、
大人の私だって、主人以外の英語スピーカーの話が聞き取りにくいことがありましたから、
耳の聴こえにくい娘は、たぶんこの理由で英語が伸び悩んだんじゃないか?と思っています。
方や、日本語の話者は私だけ。。。聞き取りは簡単だったでしょうね。
発音の上手い下手って、
運動が上手い下手に似ているところがあると私は思っています。
発音の見本を見せてもらって、そのとおり出来るかどうかって、
テニスのサーブは、このように打つと言われて、見本を見せられ、
それを、上手くまねできるかどうかと、おんなじだと思ってます。
この能力も、才能のうちのひとつでしょう。
語学に関しては、息子のほうがこの才能が意外にもあるようです。
オーラルのテスト結果はなかなかなものです。笑
ドイツから、英語の幼稚園のない国に移り、
どうしようと思っていた時に、
日本大使館の方と出会い、この 賢者 救われることになります。
この彼女との出会いは、日本大使館に問い合わせをしたところからはじまります。
ドイツにいたときのように、日本人プレイグループってないものか?
このままでは、両方の言葉がだめになる!どうしよう!!!
という、Desperate な母、、、
思い切って日本大使館に問い合わせを(何かのついででしたが)しました。
今は分からないので、折り返しお電話をくれるということだったので、
(小さな国の大使館の方はとても親切!)
待っていると、
新しく大使館に赴任になった家族に同じくらいのお子さんがいると言うこと、
そして、その家族が是非プレイデートをしたいと、申し出てきてくれたのです。
奇跡~!聞いてみるもんだね~!と。。。
その後、そこの家族から、日本語の教材の良いのを教えてもらったり、
いらなくなった教材をいただいたり。。。
子供たちの日本語は、思った以上にキープできる結果になりました。
そしてうれしいことに、その家族とは、今でも交流があります。
ラッキーにもここでも日本語を続けられる環境を作れたんですね。
しかし、肝心の英語の学校。。。
クロアチアでは、公立の小学校、1年生から英語を勉強します。
なので道を歩いていると、よく子供にハローって言われたんですね。
英語でおはなししたかったんでしょうね。
70%のクロアチア人は英語を話します。年配の方はドイツ語を話します。
なので、英語のナーサリーもあったんですが、
どちらかと言うと、英語・クロアチア語のごっちゃ混ぜで、
子供の口からはクロアチア語が出てくる割合が大きかったです。
先生はクロアチア人で特に海外で大学をでているわけではなく、
ただたんに、英語を使えるってくらいのスキルでした。
(Oh my god!の連発が、気になりました)そんなことなので、いきなり、4~7歳までの子供がごっちゃになり、
知らない言語の学校へ、行きたがらなかった娘は、
2週間でやめました。笑
これは、家族全員の笑い話として語り継がれています。
4歳にしてすでに学校をやめている!ってね。w
その後1年間私がベービーシッター!
毎日、ちび2人を面倒見ていたわけです。
あるとき、日本大使館の彼女が良い知らせを持ってきました。
他の幼稚園のバイリンガル・クラスの先生が、特別に学校を開いてくれると聞きました。
その先生は、ザグレブ大卒業後、
その後ケンブリッジの幼児教育学のマスターをもっているそうで、
いわゆる、外交官・駐在員のための幼児教育機関の
企業を考えているということでした。
もちろん、そんな学校が欲しかったので、
2人の子供たちをその幼稚園に入れることにしました。
はじめは4人くらいしかいなかったのが、
そのうち口コミでどんどん広がっていきました。
今は残念ながら、その学校はなく、
違う人(たぶん私の知っている人)が
インターナショナルのナーサリーをザグレブでしています。
その先生のおかげで、子供たちはその時期を有意義に過ごせ、
キンダーにすんなり入ることが出来ました。
娘がキンダーに1年通って、次の年は念願の日本赴任。
が、これが一番難しかった赴任かもしれません。
子供たちの日本語が上手くなるのは良いけれども、
英語も日本人のようになりそうでしたよ!笑
日本のインターの小学校は日本語人口が多く、
ネイティブ英語を話す子のほうが少ないのです。
子供たちは日本が大好きなので、無理もないんですが、
日本人の友達が多く、
私も出来るだけ日本人らしく暮らしてもらいたいと思っていたので
結果、英語が遅れることになります。
私は、インターのキンダーの時期から、
インターの勉強のみでは、
この子達(バイリンガル予備軍)には足りないだろうと、
英語のワークブック、Jump Startと言うのをさせてました。
Scholasticsで購入した、その本は夏休みの暇つぶしに最高なモノでした。
夏休みは、暇な分、こういった教材が大活躍します。
夏休みをだらだら過ごさせたら、親にとって、後がめんどくさいだけです。
(経験者は語る)
子供って、Easy なほうに流れるのが当たり前!
夏休みだからって、放っておくと大変なことになります。
頭の良い子ほど、Activityが必要なのです。笑
そして、日本では、夏休みに地元の小学校に体験で入れてもらい、
普段はベネッセで日本語の勉強を続けました。
私に怒鳴られることは毎回!
自分から決めたとおりに出来なかったので、
何回も叱りました。
そして挙句の果て、
そんなにやりたくないなら日本語を勉強しなくって良い!
といったらなんと、泣きながら いやだ~~~!といったのです。
これには私も驚きでした。
へ?ってね。笑
私なら、やらないけど、、、と思いました。笑
娘はこのように低学年から、自分のアイデンティティーについて
良く、しかも正しく、理解していたようです。。。
と言うか、もしかして、アメリカ人になりきれるわけないと、
思ったのでしょうか?ね。(妙に納得)
息子は、相変わらず、自分が今何をしなければならないか、
どこにいるのか?って分かってるか?と聞きたくなるような感じでしたので、
のれんにうでおし、、、放っておきました。笑
夏休みに、何とかベネッセをやらせるので精一杯でしたね。
あれよあれよと4年間が過ぎ、
2、4年生とさえない先生でしたので
娘の英語はどうなることやら。。。
息子?ADHD???ってくらい、
まだまだ修行が必要なのか?と思うくらい、
先生に怒られてばかり。
先生いわく普通じゃない?どこか変だよこの子。
と言う感じで、次の国、オーストラリア。
ネイティブ(オージー)イングリッシュの国。ここで、ほっとするのですが、
やっぱり、息子、
どうやら言語(英語)が出来ない理由がありそうだ!
とテストを受け、特徴のある脳みそ(頭脳)と言う結果。
3D(立体)の把握が大人並のチャート。言語が少し弱い。
何でもビジュアル。耳が良いect.etc...
要するに個性の強いおつむの持ち主。
なので今まで、どうやってもフィットしなかったわけだ。。。と、
でも、お薬なしで良い結果になりました。
はっきり言って、
こんなのほとんどの男の子がこうでないの?
と思いました。
男の子で、おとなしく座ってお話聞ける小学校の2~3年生のほうが、
私は気になると思いましたので、やっぱねって感じがしました。
(私には弟が2人います)
私は思うんですが、多くの先生方は自分に置き換えて、
生徒をそのレベルで見ることをしないように思うんですね。
特に今、学校の先生が好き好んで使う言葉にADHDが入ってる?
って思うくらい頻繁に聞く言葉ですものね。
しかし、実際この、ADHDと判断するには、
プロ(I mean PRO!)が何回かテストを行って
よくよく考えた上で、診断されなければならないのです。
さかのぼりますが、
日本のインターのカウンセラーはテストもせずに
これが参考になるかもしれないのでと、
ADHDについてのプリントを私にくれました。(どういう意味?)
テストもせずに。。。
と言うよりも、この類のアセスメントは
9歳以降でないとはっきりした事を言えないの知ってましたので、
そのことをそのカウンセラーに言いました。(あえて)
経験の少ない、なりたてのカウンセラーに
余計なことを言われては、困ると思ったので、
あえて、どこかがおかしいと思ったら次の学校でテストを受けさせます!
8歳くらいではまだ分からないでしょうから!と
カウンセラーに念を押しました。
全世界のお母様にいえることですが、自分の勘を信じてください。
これは、重要です。子供のために。
そして次の学校、やっぱりどこか変だよ!この子って訳で、
テストを受けた結果、さっきも言いましたが、
ただ単に特徴のある頭の構造ってことが分かりました。
いわゆる、少しばかり回転の速い理数系頭ってだけです。
私が思うに、75%の男の子は皆こうなんじゃ?です。
では、この態度を改めるだけで、息子はOKなのじゃ!
と、そこからは、余計な心配せずに
基本の「き」の字、
「やらなければならないことを、きちんとやること!」(息子の永遠のテーマ)
と言って聞かせて、かれこれ6年がたちます。
結果?とてもゆっくりですが、よくなってます。
バイリンガルと関係があるのかと思っていましたが、
ここに来て、ドイツ語、フランス語をやっていますが、
どちらも成績がまずますなので、バイリンガルとも関係がなく、
ただ単に文系ではないのでしょう。
オーストラリアでは、電車でいけることもあって、
2人とも補習校に通わせてました。
メルボルンの補習校はとても良かったです。
息子みたいなのを教える先生はさぞかし大変だろうと思いましたが、
息子もそれなりに頑張って、成績もまずますで小学校を卒業しました。
現地校に通いながら補習校、まさにゴールデンコース!
英語も日本語も伸びました。
ハーフのお子さんって、実はこのケースが理想なのかと思ったりします。
質の良い補習校がある地域に住み、現地校+補習校。
それを長いことやっていれば、自然にバイリンガルになると思います。
補習校に通う現地の子(ハーフ)も、
やる気のある子、ない子さまざまです。
日本語が話せれば良いや~程度の家庭、
日本語が日本人並みに出来なきゃいけないという家庭。。。
色々です。
しかし、私は言いたい!なぜバーをあえて下げるのか?
子供の可能性をもう少し信じて、
バーを高めに設定してあげることも大事!と思うんです。
大体子供なんて、根が怠け者!ここまでで良いよ!
といたら、おそらく80%はそれ以上のことはしないでしょう?
この辺をストレスを「適度」に与えて、
やらせる能力も親は持ち合わせてないと、
流される、流される、、、子供の勝利!と、なってしまうわけです。
かといって、うちの息子のような例もあるでしょうから、
カンを信じて、その子がいけるところの頂点まで導く努力をしたら
それはそれで良いんだと思います。
諦めるんではなく、違う方向に導くんです。
だから、語学に気をとられる必要ってないのになぁ~。
と私は良く思うのです。
それより、嫌々やらせることが問題のような気がします。
日本語が嫌いになるからです。
ハーフの子、、、
将来どこの国で暮らすのか?でだいぶ違うでしょう。
たとえば、片親が外国人でも日本にずーっと住んでいるのなら、
日本語のみでもぜんぜんOK!と私は思ってます。
良く、ハーフなのに英語が話せないの?と言う人がいますが、
そういうのに限って、1言語しか知らない人と私は思ってます。
その状態なら、日本語しか話さなくって当たり前だろ!
片親の言語はその親からしか習えないんだったら、
日本の学校で、日本語でいろいろと学んでいるんだから
それはそれでOKではないのか?と思うのです。
英語で学ぶのと、日本語で学ぶのと、何が違うの?
と聞きたいです。
要は、教養があれば何語でも良いんじゃないの?と思うのです。
1年前、主人のリタイア後は日本と思っていましたので、
日本のインターを探していまして、
大阪の千里にある国際学校に非常に興味がありました。
多くの人はこのエリアではCAと言う学校を進めますが。笑
以前在学していたのにもかかわらず、あまり興味を待たなかったし、
学費がものすごく高いので、もう少しやすいのは。。。
と言うことで、この学校に興味を持って調べていましたら、
オーケストラの先生が、メルボルンの学校の先生だった!ってことで、
とても親近感がもてました。
メルボルンのこの私学、オーケストラはもちろん
演劇、アートにスポーツと、非常に力を注いでいる学校で、
音楽の先生はなかなか良い先生が沢山いました。
ん~ここいいねぇ~!
と学校の周りの不動産まで調べましたが、
なんと、帰国が決まったので、それも過去の話です。笑
で、何が言いたいかと言うと、
うちのように、ハーフで日本語が流暢で日本が好きなら、
日本にある国際学校が良いかもな~って思った時期があったということです。
メルボルンの私学は、関西の某校と交流があり、
毎年、日本から交換留学で生徒さんがきてました。
実は、今娘の小学校の時のお友達(ハーフちゃん)が
その学校に通っているということです。
私のリアクション?もちろん羨ましいな~!です。
うちは、すでに、アメリカの大学向けに勉強し始めてますので
日本の学校はありえないですから、羨ましいです。
縁があれば日本の大学に交換留学でいける道は残っていますが。。。
本人次第です。
そんな経緯で、今現在、
日本語は 漫画とネットと家の中、←映画のタイトルになりそう!爆
学校の日本人とだけになっていますが、日本語で話すことは忘れていません。
これで良いのだろうと私は納得しています。
世界各地を回りながら大きくなったのですが、大学は父親の国で、
しかし、母親の国を「食べ物の一番美味しい国!」といってくれるので、
私はハッピーでございます。笑
この子達が、将来どこで暮らすかは、まだまだ分かりませんが
好きな国でやっていけ!と思います。
おもしろかったり、ためになったら、ぽちっと~
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