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駐在妻の掟(6)ボランティアという名の強制労働

 
 
 
アメリカは ボランティア社会。
 
 
 
特に 子供を現地校に通わせている親は PTAの役員でなくても たとえ 外国人でも あらゆる学校活動に ボランティアとして 参加することが 求められている。
それは 学校の食堂でピザを配ったり、子供たちの遠足に同行したり、文化祭のようなイベントで出し物をしたり 子供たちに読み聞かせをするなど、さまざま。
フルタイムの仕事のようにハードで 学校の運営に直接影響力を持つようなボランティアがあれば 数時間程度で済む 簡単な作業もあり、個人のライフスタイルや 能力に合わせて さまざまなメニューが 用意されている。
 
 
 
アメリカ人は こうした様々なボランティア活動の中から 自分に合ったものを選び 友達同士でおしゃべりしながら 楽しんで 参加している。
仕事をしているママも しょっちゅう ボランティアのために会社を休んで
学校に 子供の様子を 見に来ている。 お父さんが 来ることがある。
 
 
 
なかには熱心で 頻繁に学校に来る人もいるが 数か月に1回ぐらいのペースでしか参加しない人、個人的な用事があれば すぐにボランティアを休む人もいて アメリカ人が いかに気楽にボランティアを引き受け 気負わずに 参加しているかが 分かる。
 
 
 
もちろん その一方で、ほとんど顔を見かけない親もいるが それで 「不公平」 とか 「あの人、全然 ボランティアをしない」などと 陰口をたたかれることはない。 やりたい人が やればいいのだ。
 
 
 
しかし これが 日本人となると 同じ現地校のボランティアでも 様子が違ってくる。
 
 
 
駐妻が 「 子供の学校で 今日は ボランティアなの 」と言うと さも 現地校に 親子で溶け込んで アメリカ人と一緒に 楽しく 英語を使って 仕事をしているように聞こえるが 現実は 全然違う。
 
 
 
それは 日本人駐妻が 滞在年数に応じて作ったヒエラルキーに基づく 強制労働なのである。
 
 
 
 
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駐在主婦の真紀さん(仮名)も 赴任前から アメリカの学校のボランティア活動については なんとなく 聞いていた。
今回 二人の子供を現地校に通わせることになったのだから いつかはこのボランティア活動なるものに 自分も 関わらないといけないのだな、と覚悟はしていた。
英語が得意ではないので 不安はあったが アメリカの学校の様子がよく分かるというし どんな活動をするのか 興味はある。
ボランティアを通して アメリカ人のママ友ができるかもしれないし 案外 楽しいかもしれない。
 
 
 
赴任から2か月。
子供たちもようやく学校になれ 真紀さんが 引っ越し荷物を片づけていたある日、 一本の電話がなった。
 
 
 
 
この時間だと 日本からではない。
まさか アメリカ人?  英語がわからなかったら どうしよう。
 
 
 
「ハ、ハロー」
 
 
おそる おそる、 慣れない英語で 受けてみる。
 
 
 
 
「あのー あなたが真紀さん?」
 
 
 
日本語だ。 ホッとしたものの・・・・ 一体 誰?
 
 
 
「わたし 同じ学校の 川瀬(仮名)と言いますけど 
 あなたとは まだ お会いしたことないんですけどねっ」
 
 
 
「はじめまして・・・」
 
 
一気にまくしたてようとする川瀬さんの用件を測りかねて 真紀さんは挨拶してみた。
 
 
 
川瀬さんは 一瞬 言葉に詰まったものの
これだけは 言っておかなきゃという勢いで いきなり結論に飛んだ。
 
 
 
 
「 アナタ いつになったら ボランティアに来てもらえるのかしら?
  新入りの人には 早く入ってもらわないと 困るんです!
  私なんて もう 5年もやっているのに 
  人がいなくて大変なんですよっ!!」
 
 
 
 
なんのこっちゃ、である。
 
 
 
どうして自分が見知らぬ人に いきなり怒られないといけないのか まったく状況が 呑み込めない。
 
 
とりあえず 誤解は解いておかなければと思い 言葉を探す。
 
 
「あの まだ 荷物が届いたばかりで・・・ もう ちょっと 身の回りが落ち着いたら 学校のボランティアも 参加させてもらおうかなぁと 思っていたんですけど・・・」
 
 
納得いかないが この場を乗り切るには 仕方がない。
真紀さんは 小さな声で 「すみません」と 付け加えた。
 
 
川瀬さんの怒りは 少し収まったようだったが
人手不足は深刻なようで プリプリしたまま 続ける。
 
 
「 とにかく 1日でも 2日でもいいから シフトに入ってもらわないと  困るんです。
 なるべく早く都合のいい日を メールで送ってください。 
わたしのメールアドレスはですね・・・」
 
 
 
突然 読み上げられ あわてて真紀さんは 段ボールの扉にアドレスを書き留めた。
ペンがあって 本当に よかった。
 
 
 
メールアドレスを復唱し 頭を下げながら 「すぐにお返事します」と言って電話を切ったものの 真紀さんは その場に へたり込んでしまった。
 
 
 
「何なの これ?」
 
 
 
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日本人駐在員の子供が 多くいる学校や地域では 「 日本人向けボランティア 」が存在する。
 
 
 
それは 文化祭の時の 日本人母親たちによる 「焼きそばブース」のように 一回やってみたらアメリカ人に好評で そのまま毎年 継続してするようになったもの。
 
 
内気な日本人を学校活動に 関わらせようと学校側から声がかけられたが
結局 日本人は 日本人の友達としか 会話ができないので 気が付けば 日本人専用の仕事となっていたもの。
 
 
地味で あまりしゃべってはいけない肉体労働のために アメリカ人に不人気で その人手不足を補うために 日本人が 仕方なく 引き受けさせられているもの。(図書館内の作業など)
 
 
日本人は手先が器用だからと その仕上がりのクオリティーの高さを評価され、 以来 日本人にのみ発注が来るようになり いつの間にか日本人専用の仕事となったもの。
 
 
 
具体的な仕事の内容としては イベントで 焼きそばや焼き鳥、寿司などを作ったり、手作りの和小物などを販売する店を出したり( 売り上げは地域に寄付する ) 学校のイベントでの展示物の制作や、 図書室の本のカバーかけなどが 定番のようだ。
 
 
 
駐在日本人は 新しく赴任してくる人もいれば 帰国する人もいて 人数は常に 流動的だ。
学校全体のボランティアなのだから 人数が足りなければ アメリカ人に声をかけて補充すればいいのだが 誰もアメリカ人の友達などいないし アメリカ人に来られても 会話が成立しないので お互いに苦痛になる。
 
そこで 日本人専用の仕事は 日本人のトップがシフトを組み、その学校に通う日本人には全員 強制的に参加させる。
新入りは 新入社員と一緒で 多めに シフトに入る。
長老になると 「 ちょっとその日はテニスの試合で 」などと たまに個人の都合で ボランティアを休むことが許されるが 新入りには そんな勝手な行動は 許されない。
たとえ ウソをついても すぐに どこで何をしていたかがバレるのが駐在社会。 しかも 悲しいことに ボランティア以外に 特に用事などないのだ。
 
 
 
 
また 日本人の ボランティア活動に対する姿勢は たいへん堅苦しい。
 
 
 
アメリカ人が 適当な時間にやってくるのに対して 日本人は 開始30分前から 集合する勢い。 準備は万端で 大きなイベントの時は リハーサルにも余念がなく、それまでに重ねる 話し合いや会議の数は 半端ではない。
 
 
その結果 どんなボランティア活動でも アメリカ人がびっくりするような完成度の高いものを作り上げているが やっている日本人たちは 全然楽しんでいないし 辛くて苦しそうだ。
 
 
しかも イベントものでは 終わった後ですら 長老夫人が いろいろ文句をつけて 「あそこは もっと ああするべきだった」 とか 「当日 こういう不手際があった」など ものすごく細かいところまで 不備を指摘され 後味も悪い。
 
 
 
ボランティアなんだから 適当に楽しくやればいいのにと思うが
まるで 中小企業のように 滞米年数の長いトップの命令に従い 新入りはアリのように 働かされる。
 
 
 
イベントで販売するのでと いきなり お手玉を100個作れと課題を命ぜられ 泣きそうになりながら 夜中まで 内職している駐妻もいた。
 
 
 
しかし 多くの駐妻は この日本人専用ボランティア枠があるおかげで 何とか 現地校に関わることができている。 事情を知らない日本人の友達に 「 現地校のボランティアが忙しくて 」なんて愚痴ると ちょっと尊敬のまなざしでみられるのも うれしい。
それに 強制労働に耐えることで 新入り同士 連帯感が生まれるというのもある。
こういう活動がないと 同じ学校にいる日本人同士でも なかなか お互いを知る機会がないので ボランティアを通して 情報交換をしたり 学校での自分の子供の様子について教えてもらう 貴重な機会にもなっていて まったくの無駄ではない。
 
 
大きなイベントの準備は大変だけど アメリカ人には喜んでもらえるし やりがいもある。
日本ではできないような経験なので 楽しいといえば 楽しい。
 
 
 
要は 仕事の内容を選ぶ 選択権は あなたにはない、という事。
長老夫人の人柄により ボランティアの楽しさは 変わってくるという事。
中小企業に入社したと思って ひたすら 言われたことをやるしかないという現実。
 
 
 
 
現地校のボランティアは 駐在妻の 大事なお仕事のひとつ。
くれぐれも 逃げようとか ラクしようとか 思わなければ 
いずれは この苦行も 駐在時代のよい思い出となるでしょう。
 
 
 
 
 
がんばってくださいね。
 
 
 
 
 
 
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