精神的に辛くなる瞬間とは案外すぐ近くに潜んでるもの。
でもそういう時に限って視野が狭くなっている自分に気付く。
「自分はこうするしかないんだ、これしか方法はない」
ヒトはいつしか誰かが示した人生のモデルを追従するかのように、周囲と同じ幸せを求める。
だけどそれが本人の本当に望んでいるものになるかはわからない。
今ある幸せが、10年後まで存続しているかもわからない。
当然自分が求める幸せを手にするためにはそれだけの努力がいるけれど、夢を持たずして生きていくにもこの世の中窮屈すぎて窒息しそうだ。夢を見る前に現実を見ろ。それはたしかに正論だしそれを踏まえずして机上の空論だけを述べているようじゃ駄目だけど、だからといって夢を捨てたら希望もない。
今のこの瞬間、何が自分にとって本当の幸せか考えたひとはどのくらいいるだろうか?
歪曲したメディアの情報に意識を操作され、選択肢を狭めているひとはどれくらいいるだろうか?
悲しいことにボクらは小さな枠でしか生きられないと教え込まれ、枠の外に出ようとするものは除外されるという恐怖に侵されている。恐怖というものは強大な力を持っており、いつしかそれは当たり前のものへとすり替わる。自分の価値観というものは環境によってコロコロと変化していくものだ、特に若い頃はその傾向が著しい。そうやって若い頃に意識を固定させられて人生を歩む事によって、いずれは自分がその恐怖を押し付ける存在へと成り代わっていくのは必然だろう。
でもまてよ?だからってなんでいつまでもその恐怖の監視下で生きなきゃいけないんだ。時には必要以上に自分を肯定できる前向きさが必要になってくる。いつまでもその恐怖の元で生きる事を前提に全てを考えているから希望というものが霞んでいくのじゃないだろうか?
全てが上手くいくものとは到底思えない、だがしかしその自分の中に生まれた些細な光を少しずつ育てていくことが大事だ。先に述べたように、努力が必要でその努力が一番の鍵であることは間違いないが、何よりも忘れてはいけないのが誰かに植え付けられた既存の価値観を全てだと思わない事。時には疑問に思うことも重要になってくる。
これまでが上手くいったからといってこれからも上手くいくとは限らない。時代の先を読み時代に合わせて生き方を選択する、、これは決して楽な生き方ではないが戦争という命の掛け合いに比べたらいささか安全で未来のある行為だというのは承知のものであろう。もしそれを全否定する者がいたとなればその人物は既存の価値観にすでに毒されているということだ、心配はいらない。
社会の構造が変化するには長い時間と労力がかかる。変化を拒む人間が多ければ尚更だ。
待っていても仕方がない、それよりも先に自分が変わったほうが早い。
青年よ、夢と現実の両方を見よ。そして自分を変えてゆけ。
という演説をする夢を見た(・∀・)
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