175. 来るものが来た

ついに、来た。

ビートルズでも、t.A.T.u.でもない。新型のコロナウィルスだ。ここイランでも木曜日にコム州（テヘラン南部の州）で初めての感染者が確認されたことが発表され、その後、この記事を執筆している日曜日時点でテヘランでも感染者が2桁に上ったことが判明した。

この肺炎が流行しだした頃から、街を歩けば「コロナ、コロナ」と指さされ、デリカシーのなさに辟易としていたが、ついに、という感じだ。既に、日本と同じようにマスク不足、除菌用ジェル不足が発生している。私が本日何軒か大型スーパーを回った時には、既に品切れだった。

元々あまりマスクをつける習慣がなかったこの国でも、街を見る限り運よく入手できたマスクを着けている人が、2割ほど確認できる。職場でも、街角でも、会えばコロナウィルスの話で持ち切りだ。様々な角度からコロナウィルスを伝えるSNSのメッセージや動画が、街中に飛び交っている。保健省の発表を引用したものから怪しい民間療法、はたまたウィルス拡大に関する陰謀説まで、その内容は様々だが。

コロナ罹患という点では後発の国だからか、あるいは、自衛の意識が強いお国柄だからか、ウィルス対策を取り始める人々の動きは早い。最初の感染者が発覚して本日で3日目だが、既に複数のスーパーで店員がマスクと使い捨ての手袋をして接客に当たっていた。もちろん、日本のように「お客様へ～」から始まる、何を誰に対して謝っているのか分からないお知らせなんか全く見かけない。また公共交通機関であるBRT（専用レーンを通るバス）も、普段よりすいていると聞く。そして私が最も驚いたのが、あいさつの方法だ。握手がスタンダードで、親しくなると頬ずりというのがこちらの作法だが、昨日あたりから私の周りではグータッチに代わっていた。ホームランを打った高橋由伸を迎え入れる原監督がする、アレである。何度か右手を差し出して肩透かしを食らったことがある。更に、行きつけの水タバコ屋も一時営業停止になったとのことだ。

この病気が最初に確認された中国への視点も興味深い。東洋系の私が街に出ると「コロナ、コロナ」と指をさされることを冒頭に紹介したが、一昨日の新聞は、アーザーディータワーにプロジェクションマッピングで「頑張ろう、武漢」が映し出されたことを伝えていた。また中国への商用便は止まっているが、マーハーン航空（イランの民間航空会社）が、同国への支援物資を積んだフライトを続けているという。感染拡大予防の視点は別に、米国の経済制裁で他の国が経済取引に躊躇する中、関係を続けてきた中国とのつながりが、現れた格好である。ただ、中国本土での感染の広がりの影響は、日本と同様にもろに受けているらしく中国から輸入した蛍光灯を売る店を経営する知人によれば、中国の工場が操業停止中で、この状況が続けば1か月後には製品の供給が止まると、ぼやいていた。

衛生概念では日本人と同じような感覚を持っているこの国だが、これからイラン暦の年末に向かうにつれて、人が買い物などで街に繰り出す機会が多くなる。感染拡大の材料はそろっているようにもみえるこの状況で、イランのみなさまがどのように動くのか、不安半分、期待半分で見守るしかない。

【ひとことペルシア語175】Amanat dadan （アマーナット ダーダン）

人にものを貸す／預けるという意味の表現。「一時的に預ける」というニュアンスが強い。また貸した側は金銭等具体的な見返りを求めるわけではない。だからこそ、逆にいえば貸した側がいつでも預けたものの返却を求めることが出来る。

学生の頃、この単語を「甘納豆を貸す」と覚えたらいいという素敵な語呂合わせを提案してくれた同期がいた。そもそも甘納豆を貸し借りする関係を想定するのが難しいのは、当時から感じていた。更にこの語のニュアンスが理解できた今、甘納豆を借りた側は、貸した人が求めればそれを返さなければいけなくなるため、せっかく借りた甘納豆を食べることすら出来ないという新たな課題も抱えることとなってしまった。