<マレーシア発見、再発見。快傑ハリマオも驚き桃の木どうする気>
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写真17回目:人間誰だって問題抱えている。最初の写真のように、
こうやっていい顔で人生過ごしたいが、そうも出来ないのが常だ。
マレーシア人ローカルから送られてきたこの写真。こういう笑いで
人生を謳歌する人もいる。そうしたいと願っている私達ですが、皆、
人生を生き抜くに大変だと認識しているからいつも笑ってられません。
でしょ、危険はいっぱいです。この階段、一体全体どうなってるの?
危険な錯覚を誘う色塗りだ。危なくってしょうがないはず。どこに
足をおろしていいのか不安で足がふらつく。人生の階段はこんなもの、
先が見えない。惑わされる。騙される。
・・定番になるけど、やるべきことは一歩一歩進む事になるのかなぁ。
でしょ・・ベトナムの人たちも、皆、そう言ってます。
勿論、人生は気楽にいかねば、楽しく生きたいのが人の基本です。
下の写真が、今日、思ったことなのです。
彼と彼女なのか、夫婦なのか、兄弟なのか、単なる知り合いなのか、
不倫相手なのか、何なのか?
同じ翻訳アプリでも、2つの携帯で、和訳がずいぶん違うことに気がついた。
2つの携帯の原本和訳でした。ちょっとした言い回しなどの違いが
あるとして。・・・・勝手に主観入れて、和訳しますと、、、、
【男は下が見えない。彼女の腕の近くに蛇がいることを知りません。
女は、手を引っ張っている男が、上で大きな岩で、背中が潰されて
いることを知りません。
女は考えます。私は蛇にかまれて、腕がもう耐えられない、上にも
登れない。彼に対して思ってます。男の力を使ってもっとちゃんと
引き上げてよ・・と。
一方で男は思ってます。俺は背中が痛くて重荷でもう耐えられそう
にない。こんなに頑張って引っ張る努力をしてるのに、貴女はなぜ
もっと力を出して、登ってきてくれないのか?
お互いをお互いを分かってないところ、お互いが相手の立場を理解
しようとしないところ、・・でも現実は、中々、相手の視点で理解
することが難しい事、それは、もしかしたら取り返しがつかない事
になるかもしれない事も知らない。そこに思いやる努力はないのか】
以上が原本を和訳した上に勝手に解釈した解説ですが、これを見て
感じたことは、この絵は大変な状態の当事者同士の事ですが、この
場面を見ている=知っている、第3者の、私達の存在のことです。
第3者はこのままだと2人とも死んじゃうダメになっちゃうと知って
いるのです。こうすればいいよと言える時と言えない時と生死?に
かかわることもあるのに、簡単には言えない場合もある。
それはまさしく人生で、言わなくてもいい場合と言わねばならない
場合もあり、それは友人だったり身内の家族だったり親戚だったり
・・・・人生は難しいという所以。
絵も和訳も第3者を想定してませんが、私は、その状態を見ている
私達第3者の存在を感じました。そして自分がその当事者になった
場合もです。
・・・・・あなたはどう思ったでしょうか。
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