先日,New Zealand Antarctic society主催のセミナーが開かれるという情報を得たので,早速行ってみることにした.
講演者は,カンタベリー大学Gateway AntarcticaのRack博士で,講演のタイトルは
“The last journey to the Larsen Ice Shelf”.
Larsen ice shelf,特にLarsen B ice shelfは南極半島の先端にあった鳥取県ほどの大きさの氷棚で,2002年夏のわずか3ヶ月の間に崩壊し消えてしまったことで知られている.
http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=2351
彼は,このLarsen B ice shelfが崩壊する以前からその不安定性に注目し,現地でのGPS測量などを行い氷棚厚の変化などを計測していた.今回のセミナーでは,このLarsen B ice shelfの崩壊の直前に行われた現地調査について紹介するらしい.
さて,案内を見るとセミナーの開始時間は夜の7時とある.やけに遅い時間設定だなと思ったが,その理由はすぐに分かった.会場に行くと,わずかに知り合いの顔も見えるが,その他は年配のおじさんやおばさん,そして若い学生などが多く,どう見てもアカデミアの人々ではない.どうやら,New Zealand Antarctic societyとは学会と言うより,市民レベルの「南極友の会」のようだ.これは基本的に南極観測隊のOBが入会する日本極地研究振興会とも違って,本当に南極科学に興味ある市民によって運営されているようで,ニュージーランドの人々の知的好奇心の高さを物語っている.
講演内容は,さすがに一般向けということあり,研究の手法や議論についての言及は少なく,研究の背景や苦労話を中心としたものだった.それにしても,次々に紹介される調査風景写真はさすがに美しい.特に印象的だったのは,南極半島西側からの吹き下ろしが氷棚に流れ込む写真だった.2000 m級の山脈を越え氷棚まで雲が一気に吹き下ろす.
南極半島では中央やや西側を山脈が南北に走り,その東西では気温差が著しい.東側の氷棚上は通常,南極沿岸流(antarctic subpolar current)起源の冷たい気団に支配されているが,時に西側から山脈を越えて暖かい空気が流れ込む.その時には,わずか数時間で気温が40度も上昇することもあり,伴って視界が一瞬で失われる.野外調査をする上でかなり危険な現象だ.
講演後の質疑応答では,秀逸なコメントがあった.それは,「自分が苦労して調査してきた地域が無くなってしまったことについて,どう感じるか?」というもの.確かに自分の調査地域がすっかり消えて無くなってしまうというのは,どういう気持ちなのだろう.暫し考えた後,Rack博士は「十分データは取ったので問題ないです.今は別の氷棚に注目しています」と語った.この辺りは,数千年〜数億年という時間スケールを対象とする地質学と,変化を目で捉えることができる雪氷学を研究にする者の考え方の違いかもしれない.
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