最近、以前のように滑らかに英語が話せず、少々苦戦しています。
私が持つこの感覚の違いが、聞いている立場のアメリカ人も感じているのかどうか分かりませんが、以前よりも「日本人英語」になってしまっているという自覚があります。
しかし英語を話すことについては完全に調子を落としてしまっています。
2つの理由 理由は二つあると思っています。
一つはシャドーイング時間の減少、もう一つは物事を考えている時に日本語モードになってしまっていることです。
実は、ここ2ヶ月ほど理工系の課題に没頭していてそれなりに成果も出てくるようになりました。以前にも紹介しましたが、自分の中でも一つ、大きな殻を打ち破ったという意識があります。
学びにおける「教科書や問題集からの自立」 ― いわゆる 「守・破・離」
一方、こうした理工系の案件など高度な課題にチャレンジしている時、私の思考は完全に日本語モードになってしまいます。もちろん英語の文献や論文を読んだりすることも多いのですが、自分の中で思考を進めている時は日本語になっています。
英語だけで思考しようとすると、どうしても深い意味で語彙が足りません。思考が停滞してしまうという恐怖もあるのでしょう。
英語力、その中でも特に顕著となっている英語での発話力の低下は、シャドーイング等のトレーニング時間が減ったことに加えて、このツケが来てしまっているようです。
でも、英語モードだと本当に思考力が落ちてしまうのでしょうか? 仮説ではYesですが、分からないというのが正直なところです。
MBAを取得した人たちから膨大な英文の文献に当たっている様子を見聞きしていると、ある一定期間、思考を英語モードで徹底できれば自然に英語モードでも思考できるようになるのではとも考えています。
いずれにせよ、私の壁でしょう。
私のチャレンジ 今回、自分にとっての教訓と今後のチャレンジは次の2つとなります。
1. 忙しくても、ある程度のシャドーイングの時間を確保し、口と舌の筋肉、そして英語脳を鍛え続けること
2. 英語モードで考える時間を積極的に作っていくこと
私にとって英語はツールではありますが、同時にまだ向上心はあります。地道な努力は続けていますが、一つ自分の殻をを打ち破るような大きなチャレンジすべきタイミングかも知れませんね。
もう一つ、高みに上がりたいと思います。