映画やドラマを、日本語字幕なしで理解したい。
そう思ったことはありませんか?
私は中学生で洋画にハマったときから、心のどこかでそう思っていました。でも、まさか字幕なしで映画が理解できる日がくるとは思っていなかったのです。
だから字幕翻訳家を目指しました。英語と映画をこよなく愛する私にとって、当時は理想の職業に思えたから。
でも人生には「まさか!」「よもや!」ということが起きます。
今回の記事は 字幕翻訳家だった私が「字幕いらず」になったワケをお話します。
ここで言う「字幕いらず」の「字幕」とは日本語字幕のこと。DVDやストリーミングで見るとき、私は今でも英語字幕を出しています。
帰国子女でもなく留学経験もない「純ジャパ」である私が英語に関してやっていたことは…
無類の映画好きですから、とにかく映画はヒマさえあれば見てました。字幕翻訳家になることしか頭になかったので、英語のセリフよりも日本語字幕に注目していました。
映画配給会社に就職してから、週末にはバベル翻訳学校に通って字幕翻訳を学びました(講師は岡枝慎二先生)。
アルクの「ヒアリングマラソン」は、映画監督や俳優のインタビューが多くて楽しかったです。
字幕翻訳の仕事でボキャブラリーが増える字幕翻訳は、英語のスクリプトをもとに翻訳します。セリフを聞き取る必要はないので、聞き取り力はあまり必要ありません。字幕翻訳で大事なのは、英語の読解力と日本語能力なのです。
字幕翻訳を10年やったおかげで、ボキャブラリーはかなり増えました。
とは言え、字幕なしで映画を理解することは「いつかそうなれたらいいな」という夢のまた夢でした。正直言えば「どうせムリ」とあきらめていたのです。
人生には「まさか!」「よもや!」が起こる人生には何が起こるかわかりません。
私にとっては、自分が結婚して子どもを2人産む、ということがまず「まさか!」でした。
そして「よもや!」アメリカに移住することになるとは…
良くも悪くも型破りな夫に出会ったことで、私の「どうせムリ」という考え方は弾き飛ばされました(笑)。「きっとできる」「何事もやってみなきゃわからない」という熱いパワーを持った夫の影響は大きいです。
サンディエゴ移住後(2009年9月〜現在)2009年9月の移住直後は、精神的にひどくつらかったです。
詳しいことは「サンディエゴ移住決断の経緯、英語の壁【私の英語ストーリー#3】」に書いてあります。
「字幕翻訳を続けていれば…」という思いもどうしようもなくつらかった時には、こんなことを考えてました。
「アメリカ生活はもっと楽しいはずだったのに」
「こんなことなら日本で字幕翻訳を続けていればよかった」
でも、アメリカ移住は自分で決めた道。
「自分で決めたんだから、しっかりしなきゃ!」という気持ちと、「どうしてこうなるの?」と崩れ落ちたくなる気持ちとのせめぎあいがしばらく続きました。
少しずつ気力を取り戻す娘2人の子育てがつらかった反面、彼女たちが心のよりどころでした。娘たちを守らなくては!という母性本能がおしりを叩いてくれた、とでもいいましょうか…
サンディエゴはいつも温暖。雨はほとんどふりません。抜けるような青空、温かい日差し、乾いた空気が、ジメジメした私の心を乾かしてくれたような気がします。
そんなこんなで私も少しずつ調子をとりもどしていきました。映画やドラマを見る気力がわいてきたのです。
2010年、NetflixのDVDレンタルプランに加入しました。まだ今ほどストリーミングが発達していなくて、DVDのほうが作品数が多かったのです。
1か月枚数制限なしのプランを選びました。同時に3作品まで借りられます。1日映画1本(時間があるときは2本)見て、すぐに郵便ポストに入れて返却。2〜3日後には次のDVDが届きます。必ずDVDが1枚は家にある状態です。
あぁ、幸せ〜!
この時期に見た作品を記録しておけばよかった、と後悔しています。ものすごく長いリストになったはず。
初めて娘2人と一緒に見たドラマがこれ。
「ママと恋に落ちるまで」(原題:How I Met Your Mother)
何がきっかけでこのドラマを見るようになったかは覚えていません。でも、まだ幼かった娘2人もなぜか一緒に大笑いして見ていました。
このころから映画よりもドラマを見ることが多くなっていきました。
というのも、面白い作品が山のようにたくさんあるんですよっ!鼻息荒くなりますよっ!
映画を字幕なしで理解できた2014年の元旦子育てに専念していた2010〜2013年の4年間、かなりの数の映画とドラマを見ました。
文字通り、チリも積もれば山となって英語力がアップしていたのでしょう。
2014年の元旦、映画館で見た「アナと雪の女王」を字幕なしで理解できたのです。
見終わってから「あれ?字幕なくても全部わかった!」と気づいて、めちゃくちゃうれしかったです。
すべての映画を100%理解できるわけではないとはいえ、すべての映画を字幕なしで理解できるわけではありません。
2014年の秋に映画館でみた「インターステラー」には打ちのめされました。半分も理解できなかったのです。
でも、そんなことではくじけません!
映画館でわからなくても、またDVDかストリーミングで見ればいい。映画館の大きな画面とすばらしい音響で映画を楽しめたのだからよし、と考えました。
今でも、弁護士ものや医療ものなど専門用語が多い作品は映画館ではなくDVDで見ています。
「完ぺき主義は捨てよう。7割でいい!」というマインドセットについて書いた記事はこちら。
英語を教える資格TESOLのコースを受講した2014〜2015年の2年間は、英語まみれでした。
もっと英語力をアップさせたくて自分を英語漬け状態に追い込んだのですが、正直言って…
すごくしんどかったです!
でも、この2年の英語漬けが私の自信となり、英語が「勉強」ではなく「日常」になりました。
字幕翻訳から離れる日がくるとは実は、字幕翻訳の仕事も決してあきらめたわけではありませんでした。
ロサンゼルスを拠点にする翻訳会社のトライアルを受けて合格し、日本語の字幕翻訳者として登録しました。
ときどき仕事の依頼がきたのですが、なぜかやる気がおきないのです。
日本では、依頼があったら何でも引き受けていたのに…
字幕翻訳が夢だったはずなのに…
自分の人生で、字幕翻訳への情熱が冷める日が来るとは思っていなかったので、その変化に一番驚いたのは自分でした。
英語のまま理解できる喜びでもよく考えてみると理由は明らかでした。
そうか、私は映画を英語で理解したかったんだ!
映画やドラマを英語のまま理解できることが何よりうれしいんだ!
もう日本語字幕はいらない。
今は英語のセリフを、あますところなく味わうことができる。
これが私にとっての「至福」なのです。
「壁」が「扉」だったと気づくスピッツの歌「砂漠の花」にこんな歌詞があります。
終わりと思ってた壁も 新しい扉だった
サンディエゴへの移住が、大きな壁のように思えた時期もありました。
でも、つらい時期を乗り越えてから振り返ると、それは壁ではなく新しい扉だったのです。
扉だと気づくために、もがく時期が必要だったのかもしれません。
最後に「日本語字幕なしで映画・ドラマを理解できるようになる」のは長期戦。すぐにできるようにはなりません。
でも、これだけは保証します。
もしあなたが「字幕無しで映画を理解したい」と思ったことがあるのなら、その目標を達成したときの充実感はあなたの想像をはるかに超えます。
Have a wonderful day!
投稿 字幕翻訳家が「字幕いらず」になったワケ は Naoko's English Cafe に最初に表示されました。